全てを任されて知った農業の魅力
花巻市と北上市にまたがる成田地区で、水稲や野菜などを生産している齊藤さん一家。父と息子が水稲を中心に生産し、靖子さん自身はイチゴの高設栽培を手掛けている。「できる限り農薬を使わずに育てたい」という思いで作られたイチゴは、近隣の菓子店や産直などに卸しており、大粒でおいしいと評判だ。
そんな人気のイチゴを生産する靖子さんだが、学生時代は自分が農業をやることに抵抗を感じていたという。
「両親からは農業をやってほしいと言われていました。でも今ほど機械化が進んでいなかったので大変そうだという印象がありましたし、何より農業以外の世界も見てみたかったんです」
やがて高校を卒業した靖子さんは、花巻農協に就職しAコープで働き始めた。その後、子育てと仕事の両立を考えて家業の担い手になることを決意。それまで農作業の経験がなかったため、右も左もわからないところからのスタートだった。
「最初の頃は父から言われた仕事をこなすので精一杯。何がどうなって収穫したものがお金に換わっていくのかという仕組み自体も、よく理解していませんでした」
それでも日々、農業と向き合うことで経験を積み、今からおよそ10年前にイチゴの生産を全面的に任されるようになった。農業の面白さを実感するようになったのは、それからのことだった。
同業者も驚く粒の大きさ
現在、靖子さんが手掛けている品種は、東北で作られた「もういっこ」を含めて3種類ある。「もういっこ」は病害に強く寒冷地に適した品種で、ついつい「もう一個」と手を伸ばしてしまうことから名付けられたものだ。粒の大きさとしては25~30グラムが一般的だが、靖子さんが育てた「もういっこ」は80グラムに達し、ポケットティッシュほどの大きさになることもある。
「イチゴにとって一番大切なのは、苗の根元のクラウンと呼ばれる部分です。私はなるべく自然に近い状態で育てたいので、苗を準備する段階で化成肥料は使いません。夏の暑い時期は遮光こそしますが、冷蔵庫に入れることはしないんです。それが理由かわかりませんが、こうやって育てた苗のクラウンは太くたくましくなりますし、イチゴ自体もとても大きく育つんです」
また、3年ほど前に導入した小型炭酸ガス発生機もイチゴの生育に大きな影響を与えている。これは地元の総合暖房機器メーカーが開発したもので、二酸化炭素を発生させて光合成を促進させる設備だ。ハウスの換気を行う朝から午後にかけてタイマーをセットし、活用している。
「小型炭酸ガス発生機を使うようになってから、イチゴの光沢が増しました。適度な硬さでつぶれにくく、虫もつきにくくなったようです」
こうした新しい設備を導入しながらも、靖子さんは父から教えられた栽培方法を大切に守り続けている。「洗わなくても食べられるくらい安全なイチゴを作りたい」という父の思いを受け継ぎ、できる限り農薬を使わずに納豆やヨーグルト、イースト菌などを発酵させたものを活用するほか、週に一度行う葉面散布にも食物由来のアミノ酸を使用。天敵のハダニは、ハダニを食べるチリカブリダニやミヤコカブリダニを使って駆除している。こうして大切に育てられた靖子さんのイチゴは、素材にこだわる菓子店を営むプロからの信頼も厚い。
農協のサポートを得て歩み続ける
高品質なイチゴを作り続けている靖子さんに、JAとの関わりについて尋ねた。
「農業を生業とする上で、農協のサポートはなくてはならない大切なものです。特に設備投資をする時などは、農家のことを理解している農協だからこそ安心して頼ることができます。ただ、職員さんには異動がつきものなので、顔ぶれが変わると誰に相談していいか迷ってしまうこともあります。日頃から職員の皆さんとコミュニケーションを取ることで、お互いに声をかけやすい距離感でいられるように心がけています」
現在は一人でイチゴの生産を行っているため、規模拡大などの計画は立てていない。しかし、「今の時代はどの農園も農薬を控える傾向にあって、甘いイチゴを作っている」といった生産者の状況を把握した上で、酸味も甘みもあるイチゴ本来の味を引き出すことに力を尽くしている。
また、花巻農業女子プロジェクトチーム「農花(のうか)アグリヴィリーノ」の一員として活躍するほか、イベント出店やSNSを使った情報発信など、PR活動にも積極的だ。
「これからもイチゴの味そのもので勝負していきたいです」
そう語る靖子さんの愛情がいっぱいに詰まった大粒のイチゴたちは、これから本格的な収穫時期を迎えていく。
プロフィール
齊藤 靖子さん
昭和43年花巻市生まれ。旧・岩手県立黒沢尻南高等学校(現・岩手県立北上翔南高等学校)卒。高校卒業後は花巻農協の職員として勤務。その後、子育てを機に家業に入り、現在はいちごの高設栽培を中心に手掛けるほか、花巻農業女子プロジェクトチームの一員としても活躍している。