未来農業創造人

この町で仲間とともに描く未来

共同で設立した土里夢農場

写真:澤口雅実さん
澤口 雅実さん

澤口さんが取締役として所属する有限会社土里夢農場は、酪農家の父・松男さんが地域の農家とともに設立した会社だ。高齢化が進む中、後継者がいる農家は少ない。このままでは自分たちの代で終わってしまうと考えた松男さんは、個々の酪農経営の負担を減らし共同経営することで、農場を未来へつなぐことを考えた。

同農場の設立当時、澤口さんは父から「一緒にやらないか」と声をかけられた。学生の頃は家業を継ぐ意志がなく、建設業やスキーのインストラクターなど、さまざまな業種を経験してきた。父の誘いには迷ったものの、会社の立ち上げに関わるという点に大きな魅力を感じて土里夢農場の一員になった。

「会社の設立に関わることは、自分の中にパイオニアとしてのセンスを磨くことにもなります。以前から経営に興味を持っていたこともあり、すごく面白そうだと感じたんです」

現在、土里夢農場では搾乳牛を約200頭、育成牛・哺育牛を130頭ほど飼育している。飼料は地域の農家と共同でTMRセンターを設立し、自給飼料を増産。生産効率の向上やコスト低減を実現した。

経営塾で明確になったビジョン

これまで澤口さんは、業種を問わずさまざまな経営者の話を聞き、酪農は国からの補助金で守られていると感じていた。このまま補助金ありきの経営を続けていては、さらなる発展が見込めないのではないかという危機感も抱いている。

「作った牛乳をより多くの人に買ってもらうためには、自分のファンをいかに増やすかが大切。どれだけ良いものを作っても『原価を下げる』というニーズに応えてばかりでは、いつまでも負けゲームから抜け出せません。例え小さな売り先だとしても、自分の味方になってくれる所を見つけることが重要だと考えています」

そんな澤口さんは、異業種の経営者が集う「JAバンク岩手農業法人経営塾」に参加したことで、自身の方向性や考え方がより明確になったと語る。

「『岩手県中小企業家同友会』の先輩方もたくさん参加されていて、すごく面白かったです。将来のビジョンや目標は経営において重要なものですが、自分一人でやろうとしても難しい面があります。こういった機会を上手く利用して自分の考えを整理することは、経営者にとって必要な時間ではないかと思います」
さらに澤口さんは、地元企業として地域にできることについても模索しているという。

写真:1日3回の搾乳が行われるロータリーパーラー
1日3回の搾乳が行われるロータリーパーラー

一人じゃないからできること

地域に対して何ができるのか。どうやったら企業が地域に根ざしていけるのか。そうした思いは以前から抱いていたものの、本当にそれが重要なことなのか確証を得ることができないでいた。しかし「JAバンク岩手農業法人経営塾」をはじめ、さまざまな場で諸先輩の話を聞くうちに、地域と企業の関わりが重要だと改めて認識するようになった。現在は「まずは自分たちの存在を地域に知ってもらおう」と、地元高校の視察を受け入れたり、地元の人たちに生乳を飲んでもらったりといった取組みを行っている。

「ここは町に仕事が少なくて、多くの人はほかの土地で働いています。町のために地元で働く人を増やしたいですし、会社にとっても地域に人がいなくては存続することができません。今、一緒に働いているスタッフは自分より年下の子もいますが、すごくやる気があって頼もしい存在です」そう語る澤口さんは、日頃からスタッフに提案されたことは「とりあえずやってみる」というスタンスを取っているという。

「人の意見を取り入れて進めていく方が面白い展開になりますし、提案したスタッフも責任を持ってやり切ってくれるようになる。自分一人で全てをコントロールすることはできないので、いつも周囲の人たちを巻き込みながら仕事をしています」

自分の性格を“ポジティブな心配性”と表現する澤口さん。物事を確実に進めたいからこそ、まわりの力を借り、時には説得に時間を費やしながらよりよい方向へと舵を切っていく。その根底には、これまでいろんな人たちに助けられてここまでやってきたという思いがある。一人では難しいことも仲間がいれば実現できるということを、身を持って経験してきたためだ。

「同業者の中で自分は異端者のような存在。でも不思議と声をかけると、『面白そうだから一緒にやる』と言ってくれる人たちがいます。本当にありがたいことだし、これから先も関わってくれる人たちとのつながりを大切にしていきたいと思っています」さまざまな人と出会い、話を聞き、自らを進化させる澤口さん。物事の原点を見つめ、枠にとらわれることなく発展させていく彼の活躍は、今後の地域や酪農の未来を変えていくのかもしれない。

写真:乳量データや健康状態などを管理するシステムを導入
乳量データや健康状態などを管理するシステムを導入

プロフィール

澤口 雅実さん

1980年一戸町生まれ。岩手県立盛岡農業高等学校卒。建設業やスキーのインストラクターなどを経て、2003年に有限会社土里夢農場に入社。現在は牛の管理のICT化など時代に適した経営を重視するとともに、地域に根ざした企業としてさまざまな取組みを行っている。