民間企業で得た社会人としての土台
高校生の頃、建築関係の勉強をしていたという佐藤さんは、宮大工や建設会社での現場管理の経験を持つ。結婚後もしばらくは建設業界で働いていたが、2010年に妻の実家である萩森農場の後継者として就農した。建設業界から農業への転身に戸惑いはなかったかと尋ねると、佐藤さんは「農業も建設の現場管理も、段取りをしてそれをどう実行していくかという作業の繰り返しです。共通する部分も多く、それほど抵抗はありませんでした」と振り返る。
ブロイラーとしておよそ7万2千羽の鶏を飼育する萩森農場。50日におよぶ飼育期間中は、鶏の成長に合わせて鶏舎の温度や湿度を細かく設定し環境を整える。外気温によっては鶏舎内の温度を保つことが厳しく、特に熱がこもりがちな夏場の管理は難しい。ミストクーラーを使いながら空気を循環させているが、羽が濡れすぎると鶏はストレスを感じて弱ってしまう。そういった難しさも加味した上で、「年間を通して安心、安全で安定したものを提供することが、生産者としての責任だと思っています」と、佐藤さんは言う。
そんな佐藤さんが「JAバンク岩手 農業法人経営塾」に参加した背景には、将来、事業承継をするにあたって経営というものを学んでおかなければならないという思いがあった。萩森農場では現在、創業者である社長夫妻と佐藤さん夫妻、そして佐藤さんの甥が働いている。佐藤さんは農場の後継者であるとともに、いずれは甥へと農場を引き継ぐ役割も担っているのだ。
大切なヒントをもらった経営塾
経営塾では農業とは異なる業種の講師を招き、法人としての農業経営についてディスカッションを重ねていく。回を追うごとに農業では当然の価値観やルールが異業種には響かないことや、逆に異業種の人たちにとって「農業ってそういうこともできるんだ」と驚かれるなど、多くの発見があった。「価値観の違いを知ることが面白かった」という佐藤さん。一番印象に残ったことについて尋ねると、「家族経営は言いやすいようで言いづらいこともある。でも法人として経営する以上、しっかりと話すことが大切だとアドバイスをもらったことが課題解決のヒントになりました。経営塾に参加して以来、実際の経営や営農する上での段取りなどを今まで以上に話し合うようになり、小さくも大切な変化が生まれたと感じています」と答えた。
佐藤さんは自分自身の考え方も大きく変わり、法人の視点を持った上での農業を、強く意識するようになったという。事業承継についても杓子定規に線を引いて世代交代するのではなく、お互いが納得し気持ちよく受け継いでいける形を模索したいと語る。
これまで信連情報に掲載された経営塾の同期とは、同じ若手農家として気兼ねなく話せる農業仲間だ。「まさか自分が農業を語りながら、酒を飲むようになるなんて思わなかった」と笑う佐藤さんは、「若手農家は、今あるものの中でどうしていくのかが勝負だと考える人が多い。自分たちが主体となって稼ぐ方法を考えるというスタンスは、経営塾に参加したからこその発想。こうした若手農家の育成は、経営塾の一つのレガシーになったのではないかと思います」
将来を見据えて人を育てる
さらに今後の方針として、「常に次の世代のことを考えて経営を展開していきたい」と語る。自分も農場を受け継ぐ立場として、今ある規模や設備は社長夫妻が用意してくれたものだという意識がある。だからこそ次世代のためにできることをしていきたい。未来の後継者になるであろう甥とは、日頃からよく話をしているという。「仕事に関係あることもないことも、よく話します。甥ではあるけれど、自分の息子のような存在。甥に双子の子どもが生まれたので、気持ちとしてはすっかりおじいちゃんです」と言って目元を和ませた。
同じブロイラーを営む農場で、後継者がいるケースは稀だ。耕種や畜産について教える学校はあっても、ブロイラーについて学べる場所はほとんどない。一番の近道は今ある農場で働くことだが、防疫の面で「いつでも、誰でも」と門戸を開ける業種でもない。だからこそ佐藤さんは、将来的に人を育てることにも挑戦したいと語る。
「今はまだ規模の関係で人を受け入れることは難しいけれど、いずれは研修などができる農場にしたいと思っています。うちの農場で研修して仕事を覚えたら、後継者が見つからず困っている農場に行って跡を継ぐ。そういったサイクルができれば、後継者問題も少しは改善できるのではないかと思います」
農業をかっこ悪いものにしたくない。かっこいい農業を目指したいと語る佐藤さん。その目は理想の未来を描くとともに、今できることを的確に捉えていた。
プロフィール
佐藤 崇史さん
1981年奥州市生まれ。岩手県立水沢工業高等学校を卒業し、宮大工としての経験を経て建設会社に就職。10年ほど現場監督の仕事に携わった後、妻の実家である萩森農場へ。就農してから今年で丸10年を迎え、現在は事業承継や法人としての農業経営に意欲的に取り組んでいる。