民間企業で得た社会人としての土台
現在、大鹿糠農園を経営する大鹿糠正行さんは、学生の頃から父の跡を継いで農業の世界で生きていくことを考えていたという。しかし卒業してすぐに就農するのではなく、一度は全く違う業種の企業で働いて、そこから社会を見てみたいという思いもあった。そこで高校卒業後は、富山大学の経済学部経営法学科に進学。法律や経営について専門的な学びを深め、卒業後は以前から興味のあったシステムエンジニアとして、東京のIT企業に就職した。
システムエンジニアの仕事は、作業が深夜になることもあり大変な面もあった。しかし当時の職場の上司や先輩から教わったことが、今の自分を形作っていると正行さんは語る。
「仕事を通してコミュニケーションの大切さやものの見方、考え方などを教わりました。人と出会い話すことで、お互いにとっての可能性を広げることができる。このことに気がついたおかげで、今も講習会に誘われたり頼み事をされた時などは、できる限り断らずに引き受けるというスタンスで取り組んでいます」
父から農業を教わりながら、積極的に人との交流も深めてきた正行さん。企業に雇用されるサラリーマンを経験しているからこそ、自らの手腕が問われる経営にも大きなやりがいを感じているという。
方向性を共有し結束力を高める
正行さんは以前から岩手県中小企業家同友会の会員として、経営について学んでいた。「JAバンク岩手農業法人経営塾」に参加したのも、農業者が多く集まる場所で改めて経営について学んでみたいという思いがあったからだった。
経営塾では経営理念や指針などについて学び、その必要性を知るとともに、これまでと同じやり方では新しい時代に対応できないことを実感した。農業は天候など自然環境に左右されるため、数年先までを見越した計画的な経営は難しい。しかし、だからこそ目先のことだけにとらわれず、しっかりと将来を見据えることがブレのない安定した経営へとつながっていくのだ。
「経営塾を受講してから、社内の結束力を高めることを目的としたミーティングを行うようになりました」と語る正行さん。今後は規模を拡大しつつ収支のバランスを取り、持続性や将来性に重きを置いた経営を目指す。そのためにも自分が考える経営指針をきちんと説明し、社員と意識の共有を図ることが大切だと考えている。さらに一般的な経営者と同じ視点を身につけるべく、まずは自分自身の考え方を変えていくことも重要だと感じたという。
菌床ブロックの自家製造に挑戦
「守りに入るのではなく、常に新しいことにチャレンジしていきたいと思っています」という正行さんは、昨年から弟の和哉さんとともに、菌床しいたけの栽培に欠かせない菌床ブロックの自家製造に着手している。新しく導入した機械で木製チップや米ぬかなどを混ぜ、袋詰めしたものに減菌処理を施して冷却する。1日500個ほど袋詰めをして、3日かけて製造している。
大鹿糠農園では現在、2万個以上の菌床ブロックを使用しているが、これら全てをメーカーから購入するとなると費用の負担は大きい。また同農園では菌床しいたけ以外に、約8ヘクタールの水稲をはじめ、りんごや花きも生産しており、全体の作業スケジュールに合わせて収穫のタイミングを調整したいという考えもあった。
「菌床ブロックを自家製造することの利点は、収穫したい時期や期間に合わせて原料の配合を変えられるということです。そうすれば農園全体の作業効率が上がりますし、菌床ブロックにかかる購入費用も削減することができます」
菌床ブロックはしいたけの品質に直接関わる重要な存在だけに、メーカーなどにサポートをしてもらいながら日々、試行錯誤を重ねている。現在は弟の和哉さんが主体となってブロックの製造を行い、一つの菌床ブロックから1キロ以上のしいたけを収穫することを目標にしている。
地域を盛り上げる農業の担い手へ
さらに正行さんは、規模拡大としてハウスの増棟も計画している。今すぐとはいかないまでも、6次化を視野に入れた事業も構想しているという。
「久慈市に限らず、どの地域でも農業の担い手の高齢化が大きな課題になっています。自分自身はもちろん、ほかの人たちとも協力しながら次世代の農業の担い手として、さまざまなことに挑戦していきたいと思っています。将来的にはこの土地ならではの特産品を生み出して、地域を盛り上げていけたらうれしいです」
常に広い視野を持ち、需要を見極めながらチャレンジを続ける正行さん。積極的に学び実践していくその姿は、先輩農家はもちろん、若手の生産者たちから見てもとても頼もしい存在だろう。時代に合わせて柔軟に進化する経営を目指す彼の挑戦は、地域に新しい風を起こしていくように感じられた。
プロフィール
大鹿糠 正行さん
1976年久慈市生まれ。岩手県立久慈高等学校を卒業し、富山大学へ進学。その後は東京でIT企業に就職し、システムエンジニアとして6年間勤務した。地元に戻って就農してからは、父から農業について学ぶとともに、新しく菌床しいたけの栽培にも挑戦している。