国内外で重ねた農業経験
鈴木さんが初めて農業に興味を持ったのは、小学生の頃のこと。自分で育てた野菜を家族が「美味しい」と言って食べてくれたことがきっかけだ。以来、野菜を作ることに関心を抱き、高校卒業後は東京農業大学の国際農業開発学科に進学。農業にまつわる国際的な社会問題や、開発途上国への農業支援などについて幅広く学んだ。大学で知識や情報を得るごとに「いつかは海外の農業に触れたい」と考えるようになったという。
大学卒業後、鈴木さんは香川県にある農業法人で働き始める。日本一狭い県として知られるだけあって、一つ一つの農地が狭く、機械が入れない場所も多い。そのため何をやるにしても手作業が主となった。鈴木さんはここで農業の基本について学び、やがて故郷である岩手県へと戻った。
戻ってからは岩手町の農業法人に勤務。広大な土地と重機を用いた大規模農業は、香川県で経験したものとはまるで正反対だった。しかし土地によってやり方が異なる農業を、実体験として知ることができたのは貴重な経験だったと鈴木さんは語る。そうした国内での農業を知った上で、彼はついに大学時代の思いを実現し海外へと渡った。
ワーキングホリデーを利用してオーストラリアを訪れた鈴木さん。現地で車を購入し、ズッキーニやラズベリーなどの収穫時期に合わせて土地を移動する生活を1年ほど続けた。時には収穫時期よりも早く現地に到着してしまうアクシデントもあったが、海外での農業体験は楽しかったと笑顔を見せた。
経営塾で得た新たな視点
そんな彼が田鎖農園に勤務したのは、同農園が土づくりや米の食味にこだわっているということを知ったことがきっかけだ。国内外を問わずさまざまな土地で農業を経験してきた鈴木さんにとって、安全かつ美味しいものを育てたいという思いは強い。田鎖農園は農薬や化学肥料の使用を5割以下に抑えた「特別栽培米」を生産するエコファーマーであり、食品の安全だけでなく環境保全や労働安全などの生産工程を管理する岩手県版GAP(農業生産工程管理)の登録第一号にもなっている。こうした取組みは、これまで鈴木さんが興味を持って携わってきた農業の在り方と重なる部分が大きかった。
田鎖農園に勤めて3年目。鈴木さんはほかの従業員に指示を出す立場になり、与えられた仕事だけでなく農園全体のことについても考える機会が増えた。そんな折、同農園の田鎖社長に勧められたのが「JAバンク岩手 農業法人経営塾(経営塾)」だった。
経営については以前、田鎖農園で働き始めた頃に岩手大学と県およびJAいわてグループが主催する「いわてアグリフロンティアスクール」に参加したことがあった。その時は売上や経費など数字から見る経営戦略について学んだが、今回の経営塾では経営方針や理念といった、これまであまり意識してこなかった切り口での学びとなった。
鈴木さんは、「会社には経営方針や理念があることは知っていましたが、その必要性や作られた背景については深く考えたことがありませんでした。経営塾に参加したことで、一つの組織が同じ目標に向かって進むために重要なものだと分かりました」と語った。
また、異業種の人たちとの交流も大きな刺激になった。自分一人で考えるとどうしても視野が狭くなりがちだが、第三者から意見をもらうことによって新たな見方を得ることができる。客観的な立場からのアドバイスによって「確かにそういう考え方もできるな」と思い、気持ちが楽になったという。そして何よりも大きな変化は、自身の仕事に対する取組み方だ。
小さくても確実なアクションを
これまでは指示された仕事をこなすことが主だったが、現在はそれに加えて自分でも作業の進め方や効率化について考え行動するようになった。
「例えば、このタイミングで記録を付けた方が良いと思ったら、思うだけでなく実行するようになりました。そしてそれを自分一人で完結せず、ほかの従業員とも共有する。小さなアクションですが、より良くなるための変化を起こしていければと思っています」と語る鈴木さんは、今後は仕事の仕組みづくりにも携わっていきたいと意欲を燃やす。
従業員が一つの目標に向かって進むために、何が必要なのか。以前からそのことについて考えていたが、経営塾に参加したことで経営指針や理念の必要性を改めて実感することができた。もちろん現状でも、従業員みんなで力を合わせて日々の作業に取組んでいる。しかし忙しい毎日の中で目の前の作業に追われ、一人一人が会社全体としての目指すべき目標を考えることは難しい。そこを明確にし、従業員同士がより高いモチベーションを持って働ける環境を整えること。そして、さらなる高みを目指すこと。鈴木さんは経営塾をきっかけに視野を広げ、新たな目標を得た様子だった。
プロフィール
鈴木 平さん
1989年久慈市生まれ。岩手県立盛岡第三高校を卒業し、東京農業大学へ進学。国際農業開発学科を専攻し、農業にまつわる国際的な社会問題から開発途上国への支援などについて学ぶ。その後、国内だけでなく海外でも農業に携わり、3年ほど前から田鎖農園の社員として働いている。