自らの意志で農業を継ぐ
新緑が目に鮮やかな5月半ば、県南では田植えもほぼ終わって苗が爽やかな風に揺れていた。 今回の未来農業創造人は、女性農業者としては初登場となる佐々木生子さん。町の中心部から車で10分余り、平坦な水田地帯を通り過ぎ、少し山間に入った所に佐々木さんの自宅と牛舎がある。 今日は近所の田植えを手伝っているという佐々木さんが、軽トラに乗って元気よく現れた。 「農業ができないという人が増えてきて頼まれることも多いけど、その全部に応えることもできなくて」と、一旦作業を止めてきた佐々木さんは汗を拭きながら話す。
佐々木さんは就農してちょうど10年になる。実家はもともと農家だが、高校時代に始めたウエイトリフティングを続けたくて東京の体育大学に進み、6年にわたる東京生活を経て帰郷した。 実家の農業を継ぐことになったのは、養護学校に勤めていた頃だった。「父親から経営移譲をしたいと言われ、家の事情を考えれば自分が継ぐのがベスト。農業は嫌いではない。 誰かが継がなければならないなら、私がやろうと思ったんです」ときっぱり話す。
以来、佐々木さんは一家の経営の柱となり、両親や近所の人に指導を受けながら奮闘してきた。 経営内容は「基本的に両親がやってきたことを継いでいる」と言い、現在、水稲180a、繁殖牛15頭を中心に、産直向けの野菜も作っている。 「以前はブルーベリーやミニトマトもやっていたけど、いろいろやり過ぎた感もあって今は作っていない」と苦笑するが、この10年の間に水稲も増反し、繁殖牛も2倍に増頭してきた。
前沢牛の素牛であることの誇り
若手農業者で、明るく前向きな佐々木さんには地域から寄せられる期待も大きく、一方ではそのことが課題にもなっているようだ。 「田んぼを頼みたいという人も作業受託ではなく小作契約が多いし、地域の役も多く忙しい。本当にやりたいことがやれていないのが現状で、今後どう展開していくか模索中です」と、佐々木さんは率直に話す。
佐々木さんのやりたいこととは、水稲は現状維持で、繁殖を増やしていくこと。今のところ目標は20頭だ。 「夕べもお産があったんですが、産まれた牛は前沢牛の素牛ですから、面白みもやりがいもあります。 牛が高値で売れたときはモチベーションが上がりますね。結構、いい値で買っていただいているんですよ」と、牛の話になると笑顔になる。
自分の手元で産まれた子牛が、前沢牛という日本を代表するブランド牛に育っていくことが喜びであり、誇りなのだ。 そんな想いを共有する仲間たちが「奥州金ケ崎モーモーレディスの会」だ。 平成23年、「全国モーモー母ちゃんの集いinいわて」が奥州市を会場に開催されたのを契機に結成されたグループで、現在、奥州市と金ヶ崎町の牛飼いの女性30名余りで活動している。
勉強会や研修会の開催はもちろん、被災地支援やスポーツ大会のボランティア、他地域の団体との交流会など活動も多彩で、佐々木さんは「肥育のお母さんたちと食育の勉強をしたり、 いろんな世代、先輩の方々がいらっしゃるのでとてもいい刺激をいただいています」と話す。「セリで肥育農家の皆さんに〝この人の牛を買いたい″と言っていただけるように頑張っている」という佐々木さん。牛に注ぐ眼差しも優しく、手厚く育まれた子牛が市場を賑わすことだろう。
プロフィール
佐々木 生子さん
1979年奥州市前沢生まれ。前沢高校から日本体育大学女子短期大学へ進み、3年次から日本体育大学に編入。 卒業後、同大に2年間勤務。24歳で帰郷し、前沢養護学校で2年間の臨時職員を経て実家の農業を継ぐ。 現在、奥州市と金ヶ崎町の女性たちで結成する「奥州金ケ崎モーモーレディスの会」の一員として活躍している。
JAへの要望
昔から組合員としてJAさんとは縁が深く、牛も米も野菜も先輩方から教えていただき、研修や視察も勉強になります。 いつも指導していただいているので特に要望はありません。鈴木さんにはいろいろ相談に乗ってほしいのでよろしくお願いします。
JA岩手ふるさと 前沢支店
奥州市前沢字七日町裏55